与太郎の千夜一夜物語 part1

「10年カカルか、20年カカルか、まるで敵討ちダッ!」

コレ、映画のセリフですョ。

題名「丹下左膳余話、百万両の壺」。監督は、天才、山中貞夫。

名匠と言われる日本の映画監督を100人、大グランドに集めて、好き勝手に

10分ぐれーの短編を撮ってモラウとスルよね。

山中貞夫のは、一発で、解る。異彩が、ビッカビカ!

ドコが、違う?ココですョ。

漫才だと、「(自分で拍手)ハーイ、いらっしゃーいッ!」で始めるノト、

「君、君、うちトコの、お嬢様と、君トコの、クソガキが、校長室に呼ばれた

事件、知ってル?」で始まるノトの違い。

一つは、ココからは、普段の暮らしトハ、別の世界ダヨと、大声で呼び込んデ

ル。

もう一つは、普段通りの暮らしダケド、チョコッと面白いカモね、って囁いテ

ル。

片方は、縁日の見世物小屋(懐かしいデスカイ?)の入り口スタート。

一方は、知り合い同士の、飲み屋の世間話スタート。

次に、中身。

いかにも普段の暮らしブリで描いてマス、ってケド、実に嘘クセェーっての、

多いデショ。

例えばネ、アタイ、オムツじゃナイ、オツムがチョコッと不足気味デショ、

で、3通りのアタイの描き方、ありますョ。

その1。 与太朗君、お気の毒に。これは少ないケド取って置いてクレタマエ。

マァー、奥様、アチラの方、オムツが足りなくて、エッ?違うザマスの?アッ、

オツムが足りなくて、ご不自由の御様子よ、ナラ、決めマシタ、与太朗さん、

貴方は、今から私の家族です!(かなり嘘クセェー!だけどネ、サンドラブロッ

クの実話映画でこんな事、してた人、いましたョ。世の中、広いッス。)

その2。 イジメでボコボコ、独り取り残され、うずくまッテいる与太朗。

赤黒く腫れた瞼や、破れた唇から流れた血は生乾きダ。吐いたヘドは、

まだ赤く泡立っている。それでも、ヨロケながら立ち上がると、夕陽を浴びて、

いつもの坂道をゆっくりと、一歩一歩、登ってゆく。片足と長い影法師を

引きずりナガラ……。(ヤッパ、嘘クセェー!)

その3。 周囲の者、極一部を除いて、与太朗の在る事を、無視して、自分達の

普段通りの暮らしを続ける。(良い悪いジャねぇーッス。コレ、本当ッス。)

(エッ?ブログの旦那のアタイの描き方?アッ、アレは論外。メッチャの

クッチャでヤンス。)

エーッ、つまりですネ、山中貞夫って監督は、ど真ん中の3番目ってコッテス。

デネ、『百万両の壺』に戻りヤスとね、コレ、本当にスゴイッス!

誤解されネェーように、言っときヤスがネ、コレ、『お笑い時代劇』ッスよ!

『アーッ可笑しかった!』の映画ッス。

でもネ、『ご自分様』と『お他人様』の間の距離感覚が、実に見事ッス。

アタイのバッチャマ、こう言ってヤシタ。

「自分の子が転ぶのと、人様の子が死ぬのとが、つり合う。」

コレが基本、建物で言えば、土台でヤンス。

コイツが、キッチリ出来てネェーと、チョコッと揺すられリャ、本体は、

ぶっ壊れチマウ。

『時間』ッテー、閑かな揺さぶりにカカレバ、ヒトタマリもネェーよ!

デネ、この映画は、80年以上前(1935)に、出来てオリヤス。スゲェーよネ!

(ちなみに、コノ映画撮った時、監督25,6才デスょ。草笛御覧、ゥン?アッ、

グザヴィエドランは19才で、オドロしい映画を撮りヤシタが、アタイは、

ヤッパ、山中貞夫ターシェー大師デスょ。)

アタイ、オツムがチョコッと不足でショー。だからネ、アタイが、「イイ映画

だナァーッ!」って思うのはネ、このアタイが、台詞や場面を、覚えてる映画

に成りヤス。(だからネ、アタイが、『千夜一夜物語』で話そうッテ思うのも、

台詞と場面が、バッチリのに限るツモリの、今日この頃ナノです。)

で、この映画の台詞と場面を、数えてミヤス。

アッ!、その前に、この映画の鍵に成る人物を、紹介シヤス。

〈一人目〉主人公、丹下左膳。片目片腕の浪人。剣術の腕前は、超一級。

  矢場(射的屋)の用心棒、兼、居候。

〈二人目〉孤児の坊や。両手で抱っこ出来る大きな壺をカカエてる。

  この壺こそ「百万両の壺」。裏長屋で二人暮らしの父親を、映画の巻頭で

  殺され、天涯孤独となる。

〈三人目〉大剣術道場主、というより若殿様。(婿殿、住まいは、御殿。)

  「百万両の壺」の所有者。剣術の腕前は、超ヘボ級。「婿入り道具」の

  壺の真価が判らず、くず屋に、二束三文で売り飛ばし、壺探しを口実に

  百万両も何のその、江戸の街を遊び歩く。

〈四人目〉矢場の女将。特異キャラの丹下左膳を飼い慣らしている、凄腕。

ちょっと、ネタバレしやしたが、この映画、落語と同じで、何ベン見ても

オモロイので、心配ご無用。

で、台詞と場面でヤンスょ。(映画本編とチョコっと差異が御座いヤス。

アタイの足りないオムツじゃネェー、オツムに免じて御勘弁ください。エッ?

チョコじゃない?じゃクッキーですカイ?エッ?飛び込むホド違う?アッ!

ダイブ違うノネ。スイヤセン。皆様ニハ大変ナ御迷惑ト御神体じゃネェー、

ご心配ヲ……エッ?心がコモッてナイからヤメトケ?ソーなんデスカイ。)

その1,「私が行って、泣かして来てヤル。」

 

矢場の女将の台詞。お腹を空かせた、一人ポッチの坊やに「父親が死んだ」

 と伝えられず、スゴスゴと帰って来て言い訳スル丹下左膳に向かって、

 言い放つ!

 スゴイでショー!

 ケドね、直後の場面で、坊やは、矢場の女将の座敷で出された御飯を、

 喜んで食べている。『口』と『腹』が『違う』って事の、見本。

 「私は、貴方が死ぬホド好き!」ッても、本当は

 「私は、貴方が死んだ方が好き!」ダッタリするし、デヘッ。

 「貴方を殺して、私も死ぬ!」ッても、自分だけヤッパシ止めといチャッ

 たりネ。エッ?話が暗い方にズレまくっテル?申し訳ゴザンセン。

 (デモね、「アンタ殺して、アタイも死ヌッ!」ッて場合は、嘘じゃナイ

 とは思いマセンか?微妙な違いッスょ。)

 (コレはオマケ。女将役の女優さん、セリフは『素人の棒読み』デスょ。

 だけど、上手デス。アタイのオムツに残リマス。変ダヨネ。アッ、オツム

 でした。本当、変デシタ。)

その2, 「よほど腹が空いてイルんだゼ!お前の作った料理を、喜んで食べて

 いるヨ!」

 

対する丹下左膳の台詞。女将と左膳の関係が、透けて見えマスょ。

その3, 「アッ!一度だけ泣いた、母ちゃんが死んだ時、泣いた。」

 

矢場のオウチで御飯を食べ終えた坊やに、父親が死んだ事を伝える

 役目の丹下左膳。「坊やは、コレまで泣いた事あるカイ?」「アタイ、泣

 いた事無いヨ。」「(坊やは強いんだナァ……。)」とば口に立たされた左膳

 が覚悟を決め本題を語ろうとした、その瞬間、坊やの放った一言。

 絶句する左膳。

 スゴイでショー!台詞が生きてルッ!

   そして、次の場面。

その4, 左膳は去り、縁側で、深く頭(こうべ)を垂たママ、ピクリともしない、

 後ろ姿の坊や。傍らにソッと寄り添うような大きな壺……。

 

ヤッパ、スゴイでショー?

 「坊や、泣いた?」尋ねる女将に、無言で座敷に横になり、向けた背中が

 泣いてイルのは、左膳の方ダッ!

 映画の教科書。「役者さん」って、「演技」が仕事だけど、この場面では

 「演技」はイラネェーや。姿勢ダケ。

 コレが「演出」ナンダと、アタイは思いヤス。

 (ヘンリーフォンダって旦那は背中で演技したッてコッテスょ。世の中、

 広いデス。)

 左膳の「告知」で、坊やの心は血の涙でイッパイだけど、左膳の旦那の心

 も同じかソレ以上。コレを、涙一粒も見せずに、描き切っテル。

 「音叉」ッテ有るヨネ。音が伝染するヨネ。共鳴。本当、不思議ダヨネ。

 「心の音叉」、心が共鳴スル。「悲しみ」、「喜び」、「怒り」

 坊やの「悲しみ」の心の音叉は、左膳の心の音叉を確実に鳴らしたョ。

 コレで、二人の「心」の間には、「ホットライン」が生まれタと、アタイ

 は思いヤシタ。コレで、二人は、「虫の知らせ」が開通デスょ。

その5, 「10年カカルか、20年カカルか、まるで敵討ちダッ!」

 

お待たせシヤシタ。道場主の若殿の台詞。

 百万両の壺探しを口実に、江戸市中を遊び歩く若殿が、お姫様用にコサエタ

 決め台詞。言われた方は、タマリマせん。(デネ、内緒だけどネ、ブログの

 旦那のペースも、「まるで敵討ちダッ!」に間違いネェーっすョ。本当、

 大変見テェーっすョ。)

この映画は、レンタル屋さんナラ、旧作、100円ぐれぇデ借りれマスょ。

リンゴ1個食べれば、体の栄養っす。ケドね、コノ映画借りて見れば、心の

栄養っすョ。(本当は、NHKあたりが、プレミアムシネマで繰り返し再放映

してクレリャ世話ネェーんすケド、『ジェンマ様』(※1)のマカロニウエスタン

ばっか再放送しまくっテテ、溜息っすョ。NHK、「ジェンマ様」ペロペロっ

す。)

アッ!アタイの覚えてる台詞、もう1つ、アッタ!

その6, 「ヤダイッ!」

 

女将の指図に、口先だけ逆らう、左膳の決まり文句。

 「ネェ、○○してクレルて゛ショ?」

 「ヤダイッ!俺は、金輪際○○シネェーッ!」

 「ヤダイッ!俺、マダ飯食ってナィンだい!」

 続く場面で、必ず○○してる左膳。

 この映画、ほとんどの台詞は、「現代語」デスょ。

 伝エル物が有リ、伝える腕が有れば、伝ワル。手段は選ばず、デスょ。

その他にも、「ウゥー……ン….。」「おじチャン、うなっテルね。」

「博打(ばくち)に負けたんダロ。」とか「(百万両の壺の用途を尋ねラレ)

コノ壺は、塩せんべい入れとく壺ダヨ。」とか、色々ゴザんすケド、

見た方が早いンデ、是非、ご覧下さいヤシ。

「コレでオシマイ」のハズが、何か足りネェー。何ダロ……?

エッ?「お前のオムツ」?

ソーじゃネェーっす。足りナイのは「アタイのオツム」、じゃナイ、アッ!

アレだっ!『映画の音楽』だっ!ソーでヤシタ!

チョコっと足りネェーアタイのオツムでも、覚えてルのは、『台詞(セリフ)』

と『場面』と、それに、『音楽』、でヤシタ。

(『音楽』、一番、覚えてヤス。肝心ナノを忘れてヤシタ。ヤッパ、アタイ、

馬鹿ッス。エッ?「充分に知ってるカラ先に進めろ」?ソーなんデスカイ。)

コノ映画、「とうりゃんせ」が、メインテーマ見テェでヤス。

アタイのオツムの中じゃ、この前奏曲が鳴り出してオリヤス……。

『チャンチャーきチン、チャかチン、チャかチン、チャかリカチン』

アッ!イケネッ!こりゃ『くず屋さん、のテーマ』ダッ!デヘッ、

『タンちチ、タンちチ、タンちタちン。チリたテ、とトらチ、タンちラちン。

♬♬(とーりゃーンせ、とーりゃンせ、コーコは、ドーコの細道じゃ?)』

コウして、アタイのオツムの中では、『丹下左膳余話、百万両の壺』の1時間

32の幸福な時間が、音楽という魔法で、1、2分で過不足なく、味ワエルん

でヤス。音楽ッて、スゲェーっす!

エッ?「メロディーには、情報の転写機能、能力が有る。」?

エッ?「文字言葉、話し言葉ジャ運べナイ情報を、音楽は軽々と運んジャ

う。」?ソーなんデスカイ?で、アンタ、誰?

エッ?「名乗るホドじゃナイが、時々、混ぜて下さいナ。」

ノープラモデル、じゃネェー、ノープログラム、あっ、ノープロブレムでヤス

「バカ免疫」ってノが有りヤシテ、ガキの頃に「バカ」をヤッてネェーと、

タイ「バカ」は、移るンです。コレを「バカ感染」と言いヤシテ、強い

感染力がアリヤス。

良い子でお育ちの、成績優秀な坊チャマは、是非、医療機関で「バカ全種対応

チン」ってノを、接種される事をオススメいたしヤス……って、

「そんなワクチン有る訳ナイ!」

早速のご参加、有難うゴザンすケド、ソーなんデスカイ。ケドね、空気感染

シヤんで、お兄さんダカ旦那ダカ知りヤセンが、クレグレもゴ注意下さいネ、

デヘッ。って、アタイの話、何でしタッケ?

アッ!映画の音楽の話ダッ!

「音楽」には、情報を運ぶパワーが、ハンパねぇ、言葉が一人前としたら、音

は、百人前とか、それ以上。言葉が一般人なら、音楽はスーパーヒーロー、

『ゲゲゲの鬼太郎』、昼間は墓場でスーやスや、ッて、コリャ違いヤシタ、

ヤッパ、『ウルトラマン』ッスょ。

デネ、映画の画面にカブサル音楽が、調和のレベルを超えた時、「画面」と

「音楽」は「共鳴」し始めるンダと、アタイは思いヤス。

そして、その増幅された見えネェー波動は、アタイ見テェーなオムツじゃ

ネェ、ツムのチョイと足りない観客の心の弦さえ、強くハジクんでヤス。

するっテェーと、アタイの心の底の印画紙に、その光景がクッキリと焼き付く

ヤスょ。

「忘れようとシテも、決して想い出せない」ジャねぇー(コレじゃ滝兄デスょ)

「忘れようとシテも、決して忘れラレない」景色がコウして増えるンでヤス。

(※1 ジュリアーノ ジェンマ、イタリア人男優。別名マカロニウエスタン

貴公子、熱狂的オバ様ファン多数。スゴイっす。NHKもお仲間デスょ。) 

マカロニウエスタンっちゃー、天才映画音楽家がイヤス。

何しろ、アタイのオツムがチートなモンで、アタイの回りは、天才がヒシメイ

リヤス。

で、次回は、かのE-M大師様のオ話をシヤス。

 

  

  

 

  

  

  

  

  

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